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市ヶ谷カフェ

市ヶ谷カフェ千秋楽が東京新聞と中日新聞に紹介されました

えねるぎぃっ亭の一つの締めくくりとして、東京えねるぎぃっ亭千秋楽を開いたのですが、すでにお知らせしたとおり、思いがけない人たちも駆けつけてくれ、法政大学での私の活動は無駄ではなかったと、次の活動に大きな励みとなるものでした。

さらにうれしいことが続きました。東京新聞から取材に来てもらったこともあり、それを機会に何度かえねるぎぃっ亭に参加していただいた記者さんが、中日新聞と東京新聞の記事にしてくれていたのです。写真として添付しますからご覧ください。

さらにうれしいことは、この記事は私が書くよりずっと、私の主張をストレートにわかりやすく語っていることです。最近の傾向として、キーワードを重視するという、現代の情報のあり方が、逆に情報に混乱を招くという現象がありますが、この記事は一つ一つの文章を大切にし、狭いスペースで文章を実に的確にまた簡潔に書いていただいております。私自身も文章を簡潔にかつ的確にという試みは常に行っていますから、その努力はよく分ります。

一つ一つの文章は私の主張を的確に捉えていただいていることは上記の通りですが、また一つ一つに私が説明に努めてきたバックが有り、すべての文は重みを持ちます。一つ一つの文に対して、それって本当?ちょっと信じられない、みたいな感想が当然出るはずです。それを私はえねるぎぃっ亭で詳しく説明してきました。この記者さんが、これらの重みある文を書いていただくことは、私の説明を納得してくださったからであることを示しています。もちろんその説得の責任は私にありますが、すぐ嘘であるということが分るようでは、このような記事は書けません。さもなくば、読者から「この文は誤りじゃないの?」という問いが来たとき、上司の方からおしかりを受けるはずですからね。

そしてこれらの簡潔な文章の流れ全体は、私の論理を実に的確に捉えていただいているのです。

短い中にも私の主張の主要な部分が詰まっている、そのような記事を書いてもらいました。私が書くより簡潔に。東京えねるぎぃっ亭の活動を締めくくるものとして、今後ともこのページの最初に置かせてもらおうと考えています。

市ヶ谷カフェ千秋楽終了いたしました

市ヶ谷カフェ千秋楽無事終了いたしました。花束も思いがけなく三つも頂いて、何駄老感激の極みです。

最後だからとお忙しい中駆けつけてきていただいた方ありがとうございました。また市ヶ谷カフェにこれまで来ていただいた方すべての皆様に感謝しております。南駄老が近年やっとシンプルな観点に立つことができたのも、皆さんとの対話があったからこそです。

これからは心機一転、京都に移って一から始めたいと思います。京都の地で、北垣国道など、先人たちの思いを引き継いで、京都の、日本の、そして世界の未来のために微力ながら力を注いでまいりたいと思っています。

北垣の日記を読めば、北垣が京都の長期にわたる未来を真剣に考えていた様子がよくわかります。目先のことをちまちま考えるのではなく、百年後の未来あるいはその先を考えていきたいと、千年文化を考える会を立ち上げたのですが、ぜひ皆様のご協力を得て、私たちの子孫のために活動を続けたいと思っています。

京都ではえねるぎぃっ亭は常設店になります。イベントとしてサイエンスカフェなど日時を決めて行い、また午前中は基本的に疏水探索ツァーを行う予定ですが、午後は通常の静かなカフェとして、皆様にコーヒーを飲んでいただきながら、くつろいでいただけるスペースとなります。もちろんお休みも頂きますが。

またカフェ、イベント、ツァーはこれまでと違って有料となります。もちろんべらぼうなお金を頂くつもりはありません。料金体系も近いうちにこのホームページで公表してまいります。エコ活動の話はタダが当たり前と思っている人は、タダほど高いものはないという金言を思い出してください。

活動の詳細は決まり次第このホームページで公表してまいります。

市ヶ谷カフェ千秋楽のお知らせ

さいえんすかふぇ「えねるぎぃっ亭」東京本店千秋楽

‐琵琶湖疏水‐過去・現在・未来‐

常任店長 えねるぎぃっ亭南駄老

 

あなたは哲学の道を歩いたことがありますか?哲学の道の魅力はどこにあるのでしょう?

この単純な問いにあなたは答えられますか?むろん多様な答えがあるでしょう。でも世界に二つとない特徴が哲学の道にはあり、それが哲学の道の魅力になっていると哲学の道を歩きながら言われてみれば、多くの人がそれを納得してくれるでしょう。その特徴とは哲学の道は「山肌を縫う恐ろしいほど静かな流れに沿った小道」であることです。

言われてみなければわからないほど、哲学の道は自然に溶け込んだ道です。でもそれは明らかに人工的なものです。何故って? 山肌を流れる水は下へと向かう流れであるはずだからです。静かに流れるはずがありません。意識してそのように作った流れは、世界中を見ても京都のこの流れだけでしょう。

何故そのような流れを作ったのでしょう。哲学の道に流れる水は琵琶湖疏水の一部です。琵琶湖疏水は今から百三十年ほど前の、京都における大事業でした。そして琵琶湖疏水の主要な目的を達成するために、哲学の道にある不思議な水の流れが作り出されたのです。

その主要な目的は、これから大切になる素晴らしく未来を見通したものでした。地域の自然エネルギーで地域の産業革命を達成し、地域の復興を図るというものだったのです。

琵琶湖疏水を企画し、実行にまでもっていった人物は、京都第三代府知事の北垣国道でした。北垣の考えは、彼自身が書き下ろした文章を繋ぎ合わせれば、明確に浮かび上がってきます。彼自身書き下ろしたものには、「琵琶湖疏水起工趣意書」と、彼の日記集である「塵海」とがあります。それを読めば彼の考え方が生き生きと現代によみがえり、未来を考える現代人の指針としてその姿を現します。

今回は京都市に現在残っている疏水の全体像を知り、また起工趣意書と塵海から琵琶湖疏水のもともとの姿を考え、そしてそれがどのように未来社会の指針となっているのか、未来を拓く地域自然エネルギー産業革命としての琵琶湖疏水を浮かび上がらせたらと思っています。

今回のえねるぎぃっ亭は、201112月から続いた、法政大学自然科学センター主催のエネルギーに特化したサイエンスカフェの六周年記念であり、また同センター主催の最後の回となります。えねるぎぃっ亭は4月から京都に本店を移し、活動を続けてまいります。同様なサイエンスカフェを京都で続けると同時に、琵琶湖疏水の未来社会に向けた意味を発信していきたいと考えています。そのような展望も含めて、東京本店の千秋楽を、来客の皆様と祝いたいと思っております。お誘いあわせの上、どうかお気軽にご来店ください。

えねるぎぃっ亭は今回を持ちまして自然科学センターから離れ、千年文化を考える会の主催となります。「千年文化」で検索すれば同会のホームページを見ていただけます。

 

主催: 法政大学自然科学センター

場所: 法政大学市ヶ谷キャンパスボアソナードタワー9階サイエンスルーム

日時: 2018224日(土)14:30

お問い合わせ:法政大学自然科学センター 03-3264-4142

 

歴史

さいえんすかふぇ「えねるぎぃっ亭」は法政大学市谷キャンパスであの東日本大震災と福島原発事故の年の12月にオープンしました。最初はサイエンスカフェ「パワーとエネルギー」という名前で出発しました。

当時は大変でした。大震災の後「計画停電」の記憶もまだ新しいものでした。夏も計画停電の必要があるかと心配され、また冬のエネルギーも心配されました。エネルギー消費は夏が多いのか、それとも冬か? 皆さん知ってますか? 大放送局のニュースでWとWhが混乱したり、ひどい場合はW/hなど訳が分からない単位になったり。今でも間違いは治っていなかったりします。WとWhは違う概念の単位です。Wはパワーの単位。Whはエネルギーの単位。こういうところからエネルギーに対する正しい理解を発信していきたいと始まったサイエンスカフェです。今でもその姿勢は変わりません。


およそ一年後の2012年11月、エネルギー問題は千年規模のスケールで考えないといけないことに気が付きました。これは現在にも続く考え方で、私の今の結論の基になっています。そのきっかけは京杭大運河を見たことにあります。ユーラシア大陸の東西の両端に古代文明が展開し、それが現代の土台となっています。現代人はヨーロッパの近代以降の考え方を土台として生きていますが、古代ヨーロッパと古代中国どちらが昔を守り生き残ったか? 何をどう見るかで変わってくる問題ですが、交通機関として「ローマの道」は廃墟に残っているだけですが、隋の煬帝が作った京杭大運河は今も残っているのです。交通機関の重要性に目覚めるとともに、何が長期的に強いのかを考えるきっかけでもありました。

2013年7月には、現在のさいえんすかふぇ「えねるぎぃっ亭」と名前を改めました。この名前で現在も続いています。この改名は皆様により親しんでもらうことを願ったのが第一の理由です。また西欧近代文化を基にしない考え方をベースにしたい、そういう思いも込められています。

初回のポスターとチラシの図柄

一年後には千年規模で考えることを主張し始めました

2013年7月に現在の名前に代わりました。

歴史詳細 これまでの軌跡Ⅰ パワーとエネルギーとして

これまでの軌跡をまとめてみます。古い資料を探しながら

第一回はそれまで法政大学自然科学センターで続けてきたサイエンスコミュニケーションセミナーの一環として始まりました。
この時はサイエンスカフェ パワーとエネルギー という名前で出発しました。カフェですから店長が責任を持って開きます。またオーケストラのように、常任店長と客員店長という形をとっています。初代常任店長は小池康郎です。

2011年12月19日(月)
「節電・夏と冬」                店長 小池康郎
2012年2月18日(火)
「効果的な省エネは?」             店長 小池康郎
2012年5月29日(火)
「燃料電池は小さな発電所」           店長 山崎由喜氏(東京ガス)
2012年8月28日(火)   
「パワーとエネルギー in  原村」        店長 小池康郎
2012年11月17日(土)
「千年続く文化とエネルギー」          店長 小池康郎
2012年12月20日(木)   一周年記念
「ロウソクの科学・熱と光」           店長 小池康郎
2013年1月28日(月)
「一人当たりエネルギー消費から何が見えるか?」 店長 小池康郎
2013年3月2日
「パッシブソーラーハウスと小さな家」      店長 徳田英和氏(建築家) 

歴史詳細Ⅱ さいえんすかふぇ えねるぎぃっ亭

2013年 さいえんすかふぇ「えねるぎぃっ亭」と名前を改めました。と同時に常任店長小池は芸名としてえねるぎぃっ亭南駄老と名乗ることになりました。


〇平成二十五年七月二十五日(木)午後七時
「夏・エネルギーの流れ」            店長 小池康郎
〇平成二十五年十月二十九日(火)午後七時
「サイエンスアゴラの準備会」          店長 小池康郎
毎年十一月に行われるサイエンスアゴラに、この年は二日続けて出店しました。サイエンスコミュニケーションのお祭りですが、何か違和感が残りその後出店していません。
〇平成二十五年十二月二十二日(日) 午後二時半
「原発事故で何が変わったの? 核エネルギーってそもそも何?」   店長 小池康郎
二周年の記念です。ちょうど2011年度のエネルギー統計が資源エネルギー庁から発表され、それを紹介しながらの話でした。皆さん原発事故後にエネルギー消費がどのように変わったかご存知ですか? マスコミもこの位フォローすればいいのに。答えはほとんど変わっていません。
〇平成二十六年二月二十三日(日)  午後二時半
「核エネルギーっていったい何?」       店長 小池康郎
〇平成二十六年五月二十五日(日)  午後二時半
「持続社会のエネルギーとは」         店長 小池康郎
〇平成二十六年七月二十四日(木)  午後七時
「生活者のエネルギーリテラシーへの取り組み」 店長 木全様・当麻様(大阪ガス)
〇平成二十六年十月二十五日(土)  午後二時半
「観測データから探る東京の短時間強雨」    店長 高橋日出男様(首都大学東京)
〇平成二十六年十二月二十日(土)  午後二時半
「エネルギー第三の道」            店長 小池康郎
三周年記念の回でした。このころからはっきりと自然エネルギー導入ではなく、自然エネルギーに支えられる社会へ、変えるべきはエネルギー源ではなく、現代社会とそしてそれの基になる文化そのものであるという結論に至りました。現在の主張に続く道がこの辺で現れてきました。

歴史詳細Ⅲ

2011年末から2018年初頭までの最初の3年間はⅠ・Ⅱで紹介しました。この三年をかけて基本的姿勢を確立することができました。活動を始めたときには、うっすらと感じてはいましたが、論理的にこのような結論を導けるとは思いませんでした。しかし化石燃料の有限性と、次世代のエネルギーが自然エネルギーであること、そして化石燃料と自然エネルギーの性格が全く異なることを考えると、論理的にこのようになるのです。世間のエネルギー論者が、この結論を見つけないのが不思議なくらいです。エネルギー保存則を基に真剣にエネルギー問題を考えたくない人たちが多すぎるのでしょう。次の三年間は京都店への準備期間であり、基本姿勢をより確固たるものとするための期間でもありました。

近日この3年間をまとめたいと思います。