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京都本部での活動

設立趣意書(案)を作成しました

NPO法人の立ち上げに向けて、次のような設立趣意書の案を作成しました。

NPO法人千年文化を考える会設立趣意書(案)

 

現在日本は様々な問題を抱えている。それぞれが重要な課題であるが、一つ一つを独立して解決しようとすると、ほとんど絶望的なことが多い。

本法人は、街おこし(地域活性化)とエネルギー問題を関連させて取り組む。この取り組みの先例を、京都の琵琶湖疏水に見ることができる。その経緯のあらましを琵琶湖疏水記念館にある資料を現代風に読み替えると以下に述べるようになる。

明治になって都が東京に移り、京都は衰退の危機に見舞われた。東京や大阪に流れた人口は幕末の2/3にまで落ち込み、産業も衰退していった。そこで第三代京都府知事北垣国道が力を注いだのが琵琶湖疏水事業である。北垣は琵琶湖疏水で京都の今でいう街おこしを考えた。そして新しい近代都市京都の当然必要となるエネルギーを、地域の自然エネルギーである水力に求めたのである。当時新しいエネルギーであった石炭は、今でいう環境の視点からきっぱりと排除された。北垣は衰退する京都の町の活性化を、自然エネルギーで地域産業革命を起こすという手段に求めたのである。それは彼が起草した琵琶湖疏水起工趣意書に明らかに見て取れる。

琵琶湖疎水の壮大な未来ビジョンは、現在はほとんどの人に忘れ去られている。だが琵琶湖疎水のおかげで京都は復興し高い品格を保つ街を今に残すことができたのである。原発の危険性が明らかにされ、有限である化石燃料の代替案は事実上考えられなくなった現代では、自然エネルギーによって支えられる街を数多く作り出し、その集合体として人類の未来社会を建設するという、今までのやり方とは大きく異なる思考法で未来社会を切り開くのが最も有効であると思われる。明治期の人々の思考法を学ぶ必要があるのだ。

本法人は主たる事務所を京都に置く。そして現代における琵琶湖疎水の意味を研究し、日本の、また世界の人に発信する。

本法人は長く法政大学自然科学センターで行われてきたサイエンスカフェの活動の延長上にある。物理学者小池康郎を中心として学生・市民たちとエネルギー問題を基礎から考え、また現代のエネルギー消費の実態を調べる中で、現代社会がいかに深く化石燃料に頼った社会であるか、またその社会を自然エネルギーで支えるのは絶望的であることを、明白な論法で知ることができた。現代の化石燃料時代は終焉し、自然エネルギー社会に移行するのは、化石燃料が有限な、そしていったん消費されたら戻ることがない資源である以上、避けることができない人類史の宿命である。石炭(化石燃料)を排除し、地域の自然エネルギーで街を活性化するという事業を考え、そしてそれを成功裏に実行した京都人の偉業は、これから世界中の人々が学ぶべき歴史である。本法人はその歴史を学び、広く京都から発信する事業を行う。

また地域自然エネルギー社会を築くためには、地域の自然エネルギーが、行政および住民によって的確に把握されていないといけないことが琵琶湖疎水の先例からわかる。起工趣意書には京都の可能な水力源が議論されている。当時は水力に限られていた自然エネルギーは、技術の発達により多くの選択肢ができた。エネルギーについての正しい知識が住民にまた行政に求められる。本法人の前身である「えねるぎぃっ亭」はそのような理解を広める活動を行ってきたし、これからもえねるぎぃっ亭を中心的な活動として続けていく。

疎水の水力により、京都に路面電車が日本で初めて走った歴史は、多くの人が知る事実である。石油という強力な、だが有限な液体の化石燃料は、自動車社会を生むことになったが、大量の自動車は自然エネルギーでは支えることはできない。資金に任せた自動車会社の長い研究を経た今も、フォードの時代と同じガソリン車しか事実上ほとんど走っていないことは明白な事実である。自然エネルギーによる電気は電車を支えるが、エネルギーをガンガン放出する石油は自動車を支える。エネルギー源によって支えられるものが異なっていることはこの事実から明らかであろう。自動車にあまりとらわれてはならない。自動車は自然エネルギー社会では脇役に転ずるであろう。自動車は多くの街の品格を奪った。全世界で生まれ変わりつつある路面電車で街の品格を取り戻す必要がある。それがLRTである。京都をはじめ各地のLRT導入推進を本法人はその活動の主要な柱として行う。

2018年に本部を京都に移します

えねるぎぃっ亭は長らくその活動の本部を東京市ヶ谷に置いてきましたが、2018年の早い時期に活動の本部を京都に移します。

すでにホームページの他の部分でお伝えしてきたように、京都に活動の拠点を移すには、大きな理由があります。

まず第一にエネルギー問題を長期的な展望で考えるには、東京は適切な街ではなく、京都がふさわしいと思われるからです。エネルギー問題を長期にわたって考えるとき、文化的な土壌を考えなくてはなりません。東京は化石燃料を導入した近代化で発展してきた街です。そして東京ではその成果が満喫できます。しかしながらその成果も少しずつほころびつつあります。限界に来ているのです。例えば通勤を考えてみましょう。片道一時間以上の通勤が当然というのはおかしいと思いませんか? 八時間の労働で済むとして、往復三時間をかけていたら、一日の拘束時間は十一時間。小さな町では通勤は片道半時間で充分でしょう。そして東京の悪名高き満員電車。満員電車に一時間乗っていたら、それだけでくたびれ果てます。

この文化は永続しない。それがえねるっぎぃっ亭の考えの根底にあります。それでは永続する文化は何か? 会を千年文化を考える会という名にしたのも、長期に続く文化を土台にしてエネルギー問題を考えたいからです。そうすると京都という選択が当然浮かび上がってきます。京都で伝統文化と絡めながら、京都の学生たち、京都の市民、また全国からエネルギーについて未来について考える人の、一大中心としたい。そのような意味を込めて、京都を選びます。

京都を拠点とする第二の理由は琵琶湖疏水です。すでにホームページで簡単に解説したように、琵琶湖疏水の主要な目的は、明治になって天皇が東京に移られたあおりを食らって衰退が激しかった京都を、よみがえらせ復活させるために、伝統工芸を発展させることを主目的とした、自然エネルギーを用いた産業革命を起こすことが、琵琶湖疏水を企画実行に移した北垣国道の第一の目的だったのです。その壮大な計画の名残が疎水沿いのあちこちに見られます。これを実際に皆さんと見て、疏水をより深く理解し、京都の一段と深い名所として考え、それに触れることによって、自然エネルギー未来社会を共に考えていく、そのような活動は京都でなくては行えません。すべての心ある日本人に、いや心ある世界中の人々に、それを知ってもらうことは、未来を考えるうえで大きな意味を持ってくるでしょう。

疏水を使った水力発電で、京都に日本で初めての路面電車が走りました。路面電車はゆっくりと進む自然エネルギー産業革命の、中心的役割を持ちます。急激に進む化石燃料産業革命の象徴は最初は蒸気機関車、次に自動車でした。どちらも化石燃料の有限性のため、急速に進むが急速に衰える宿命を持ちます。京都に新しい路面電車をと考える人たちがすでにたくさんいらっしゃいます。その人たちと力を合わせて、京都にLRTをというのが、京都に拠点を移す第三の目的です。

京都での活動はこのホームページで紹介していきますから。時々訪れてみてください。

琵琶湖疏水概念図を作成しました

琵琶湖疏水概念図を作成しました。琵琶湖疏水が京都市内に入ってからの主たる流れの概念図です。疏水分線が銀閣寺を通った後もさらに続いていることや、白川と疏水本線が一時合流していることなど、京都の人もほとんど気づいていません。かくいう私も今回機会を見ては調べて、なるほどそうだったのかと、一つ一つを確認して、やっと分かったことが数多くありました。京都疏水探索、それだけでもワクワクしますし、水辺を歩いたり、自転車で走ったり、快適なひと時を過ごすことができます。そしてそれが京都が誇るべき、自然エネルギー産業革命の遺産であり、未来に大きな指針を与えていることを、京都の人も知らないことが多いのです。すでにこのホームページで大筋を書いておきましたが、調べているうちに思い違いも見つかり、関係者の苦心が様々な形で今の疏水に残されていることがわかります。何故苦心したのか、何をどのようにしようとして苦心したのか、考えれば考えるほど面白いことが残っています。そして現在ならこのようにできるとか、これからこのアイデアは未来に向けて生きてくるだろうとか、琵琶湖疏水は奥が深いことを痛感します。
千年文化を考える会の活動として、琵琶湖疏水の研究と紹介を大きな柱としますが、皆さんとともにそれができることを、今から楽しみにしています。

京都市内の疏水の本線、分線の概念図