ホーム持続社会を妨げるものオイルショック、3.11、コロナウィルス

オイルショック、3.11、コロナウィルス

トイレットペーパーがなくなった?

あっという間にマスクに次いでトイレットペーパーがなくなりました。店先からトイレットペーパーがなくなる事態が初めて日本で起きたのは、オイルショックのときでした。1973年のことです。

それ以前はなかったのと思う人も多いでしょうが、そもそも今の形のロールしたトイレットペーパーそのものが1950年代まではほとんどなく、ちり紙と言って半紙型の荒い紙を使っていたのです。高度経済成長を遂げ、洋式のライフスタイルに改めた日本人にとって、トイレットペーパーは衛生的に優れかつスマートな、新しい時代に欠くことが出来ない物でした。そのトイレットペーパーが、何故かオイルショックのときなくなり、たいそう話題になりました。だって考えたらおかしいでしょう。オイルショックというのは、中東戦争のあおりを受けて、石油が手に入りにくくなったことによる社会危機だったのですから。そのころ日本は五十年代まで主流だった石炭の炭田を次々と閉鎖し、エネルギーは輸入するものという流れの中にありましたから、まさにエネルギー危機でした。石油は後三十数年しか持たないなどといわれ、さあ大変になったという先行き不透明感がそれこそ官民共に共有されていました。

エネルギー業界はこの時代にエネルギー・ミックスという考えを導入しました。多様なエネルギー源を分散させようというのです。日本ではオイルショック以前は、ほとんどの分野で石油を使っていました。発電も石油でした。明治から昭和三十年まで続いた石炭を、石油に変えていったのが高度成長です。高度成長末期の当時は、石油が不足すれば、直ちに社会が崩壊しかねない状態だったのです。

エネルギー・ミックスで危機を乗り越えたエネルギー業界は、それに対して過剰な自信を持ちました。ちょうど経済界が高度経済成長からの成功体験を今も捨てきれないように。エネルギー業界はオイルショックを乗り越えたという成功体験を今も引きずっています。

何故トイレットペーパーが買い占められたのか?

今回またトイレットペーパーがなくなりました。前回何故トイレットペーパーが買い占められたのか、それを考えることは問題を全体的に捕える助けになるでしょう。

オイルショック時、エネルギー源であるはずの石油不足に対して、トイレットペーパーに、人々は何故群がったのでしょう?

その当時私は社会的問題にあまり関心がなかったので、オイルショックがすんでその理由が真剣に議論されたか記憶にありません。それを分析した記事も、寡聞にして知っておりません。デマが流れたと言うことで済ましてしまったのでしょう。だが何故そのようなデマを皆が信じたのか? それを推理してみましょう。

現代でもそうですが、石油はエネルギー源以外にも大量に使われています。非エネルギー利用と言って、石油化学製品はあらゆるところに使われています。当時工学部にも石油工学科という学科が新しく有力な学科として、多くの有力大学に存在していました。石油化学の発明品ー例えばプラスチックやビニール、ペットボトルなどに、あるいは化学繊維に、石油は大量に使われています。そういう日常品が出来なくなる、そうすればトイレットペーパーなども・・という連想だったのではないかと思います。

そうだとすればこれは全く馬鹿げた発想で、トイレットペーパーは石油製品ではありません。水に流して海に捨てますから、石油製品ではないのです。水に溶けない、自然に分解することが出来ない石油製品は、マイクロプラスチックなどと今問題になっているのです。このような混乱はちょっとした科学的基礎を理解していれば避けられることです。今に通じる現代日本人の科学音痴を見事に示したものだったと思います。

でも庶民の心理も解るような気がします。社会的危機で不安が募る。日常生活が出来なくなる。意識せず大量に使われているトイレットペーパー、ティッシュぺーパー。日常生活で一番大事なのは食事でしょう。でも通常の食品は腐るから買い置きできない。一方保存食は日本では発達していて買い置きもある。衣食住と言うが、衣類は新しいものを数ヶ月我慢しても問題はない。食は保存食を買い溜めてある。住は地震ではないのだから、問題とはならない。日常生活で・・と考えると、毎日使うトイレットペーパー・ティッシュペーパーをこれからの危機でも庶民は気にするでしょう。

でもオイルショックは、エネルギー不足で起こった危機です。エネルギーがなくなったら・・・。オイルショックの原点はそこにあるはずです。そしてそのような危機は、9年前に再来しました。そうです。もちろん原発事故です。東日本大震災の最大の影響は、多くの日本人にとって、特に首都圏で生活する日本人全体の1/4になるであろう人々にとって、首都圏に於ける計画停電でした。それについては、後で考察します。そしてエネルギーは現代人にとって、食品、衛生用品と同じように、毎日の生活に欠かせない物であることは、皆さんおわかりでしょう。

オイルショックは現代に於けるクライシスの原点である。

オイルショックはさまざまな意味で現代の社会危機の原点です。コロナウィルス問題も、石油と無関係ではありません。何故か? 石油を大量に使って飛行機ががんがん飛び交う時代です。だから過去にはローカルな衛生問題で済んだはずの新型のウィルス問題が、全世界にあっという間に広まるのです。

しかしオイルショックが原点であるというのは、もっとシンプルなだけど本質的な事から来ます。何故なら石油がなくなればどうするという問題について、オイルショック以来人々は答えを見いだしていないのです。石油がなければ今ほど飛行機は飛びませんから、新型ウィルス問題の発生頻度は下がるでしょう。

でも考えて見て下さい。今石油の供給がストップすれば、社会はどうなりますか? 貴方の生活はどうなりますか?そしてそれは将来間違いなく起こることです。単純に石油が有限だからおこるのです。エネルギー資源はいったん消費されたら、再利用できません。そこが金属資源と異なることです。鉄やアルミニウムは、もう一度化学反応で元に戻すことが出来ます。しかし石油はそうはいきません。一度燃せばそれで終わりです。水と二酸化炭素に化学変化して、もう石油にはもどりません。将来石油に戻す技術が出来るかも知れないなど、馬鹿なこと考えないで下さいね。科学の基礎です。それを無視するのが科学音痴である所以です。そのような科学の基礎は簡単であり、中学校でも教えるべきなのですが。

音痴という言葉は今や死語になりつつありますね。でも日本人のー特に論壇のー科学に対する向き合い方は、科学音痴という言葉が一番しっくりくるように思います。

カラオケがはやり始めて、音痴は日本ではほとんどいなくなりました。これが音痴という言葉がほとんど死語になった理由です。私が小中学校の時代には、音痴が結構いたものです。当時の日本の音痴は、西洋音楽について行けなかっただけです。日本の伝統的な音階はオクターブ(ドレミファソラシドの八音)ではありませんでした。五音音階だったのです。八音音階の原型は、ピタゴラスにあります。そして五音音階の原型は驚くなかれ司馬遷にあるのです。それ以前に起源をさかのぼれるかも知れませんが、少なくとも3000年前のピタゴラス学派がオクターブの考えを物理的に(数学的に)示し、二千年前の司馬遷の有名な史記の中に、五音音階の物理的基礎を見ることが出来ます。東洋の伝統である五音音階が体に染みついた日本人は、学校の音楽の時間のオクターブ音階に適応できなかったのです。古い世代の人には思い当たる人も多いでしょう。

でもカラオケは日本から音痴を駆逐しました。本来の音痴などいないのです。そのうち科学カラオケみたいなものができて、日本から科学音痴を駆逐するでしょう。え、そんな笑い話って? とんでもない。科学の進展で石油が必要とされない時代が来るかも知れないって、どうしようもない科学音痴のエネルギー業界専門家がいう、未来に向けて決定的に害をなす、あり得ない話とは違って、充分あり得る話です。

科学音痴が日本からいなくなり、自然エネルギーで生きていく社会を皆で考え始め、石油を必要としない、新しい快適な社会(エネルギーではありません社会です)が完成したときは、飛行機でがんがん海外旅行を、忙しく短期間で行うというようなこともなくなり、新型コロナウィルスがあっという間に世界的な危機になるという状態はなくなるでしょう。しかしそれまでは新種のウィルスは人類を悩まし続けるでしょう。

日本の多くの「専門家」は、危機感を煽らないことを第一に考えている

今回の事態を見るとやはりと思っていることがあります。日本の専門家は、危機に対して出来るだけ危機感を煽らないということを重視しているように思います。しかしその結果、危機に対して備えを持たない国に変えて行ってしまっているのです。

ダイアモンドプリンセスをカオスだと言って痛烈に批判した神戸大学の先生がありました。SNSに投稿され一躍脚光を浴びましたが、次の日には英語で「事態は改善されたと思う」ような事を言われてご本人が削除されました。自粛されたのです。何故か理由は分りませんが、事態が改善されていたわけではないと思います。しかし勇気ある正直な専門家であると思います。そしてダイアモンドプリンセスは、あれほど世界の注目を浴びたのです。しっかりと事態の経緯を調べ、残さなければ日本には専門家はいないというように世界的に評価されることになりかねません。

ダイアモンドプリンセスは明らかに失敗でした。乗客乗員の1/5に感染者が広まったのです。それに対しても政府・専門家集団は失敗とは明確に認めようとはしなかったし、今もしていないと思います。ただ一人空気を読めない正直な専門家が、これはカオスだ、と発表したのです。しかしその投稿は一日で自主的に削除されました。

オイルショック乗り切りの成功が、危機感を持たせない傾向の原点?

オイルショックでは、社会に与えるショックは相当のものでした。全く関係がないトイレットペーパーが、買い占めのターゲットになったのです。そして専門家達はその時では有効だったエネルギー源の分散化で対応し、それは成功を収めたのです。官産学協同の成功例でした。

オイルショックのわずか5年前、東大入試が中止に追い込まれた全共闘運動の中で、産学協同が痛烈に批判され、戦後民主主義の流れの中で、マスコミ等の論調も「学」は「産」から独立を守れという論調が強かった時代に、官産学の成功が、関係者の間に強烈な印象を与えたのです。それが民衆に不必要な危機感を煽ってはいけないという発想の原点になったのではないかと思います。

私は72歳になったばかりです。物心ついたときは、まだ戦後の傷跡があちこちに見られました。その間庶民にとっての三大クライシスがオイルショック、3.11、そして今回のコロナウィルスと思います。経済中心に考える人は何故リーマンショックや9.11を入れないのだと思うかも知れません。しかし庶民生活に重大な影響を与えたのはこの三つだと思います。そしてそのすべてが現代日本社会の危うさを示している。そのように考えられるのです。

第二次世界大戦後に起きた、日本での三大クライシスを実際に経験し、特に東日本大震災を関連専門家の一人として観察し、そしてその経験から今回の事態を特に興味を持って観察しているものとしての実感です

一般の人が考えることをやめ、専門家に任せるようになって何が起こったか?

一般の人が危機感を持たず、専門家に任せるようになって、何が起こったか? その良い例がCO2問題です。官と産は協力して如何に日本でCO2削減が成功しているかを喧伝し、科学音痴のCO2専門家達が数多く輩出して官と産の合唱に加わり、そして一般の人は自分たちも含めて多くの人や企業がCO2削減に努力しているから、日本では当然CO2削減が進んでいると信じていますが、実情は日本ではCO2削減が全く進まず、世界の批判の矢面に立っている状況です。

何より石油価格が高騰したら社会はどうなるという、オイルショックが突きつけた問題は、当面とりあえず回避されただけなのだという、本質的理解の欠如が、一般の人から完全に抜け落ち、その結果オイルショック後に育ってきた若い専門家達にも、その認識が欠けているという致命的ミスを犯しています。石油は基本的になくなるという問題は、現代社会がその根底にある重大問題として、宿命的に抱える問題なのです。石油価格はその有限性によって、長期的には高騰して行くことは、疑いを差し挟む余地もないことです。これはエネルギー業界の「学」、つまり専門家達も全員理解していることなのです。ただ「産」と「官」は、それを言うと現体制の致命的な欠点が見えるので、それを押さえ込み、「学」も危機感を煽らないよう、一般の人には言わないというのが現状です。

でも石油が高騰して庶民の手に入らなくなったとき、哀れな庶民はその時もトイレットペーパーを買い込むのでしょうか。でもその石油価格高騰危機は、時間を経ても解決できないのです。コロナウィルスは、いつ終息するか解らない不気味さを持っていますが、必ず終息するでしょう。来たるべき真のオイル危機は、永遠に終わることがないという、コロナウィルスの比ではないクライシスとなります。しかしながら誰もがその危機に備えよとは言いません。このことは一般の人こそ知って、皆で考えて行かなければならない、民主主義の未来に関することなのです。快適な自然エネルギー社会へ徐々に移行していくことが、来たるべき真の石油危機に対する、唯一の備えなのですから。それは未来の為に、現代人皆が考えて行くべきことなのです。

3.11の意味するもの

オイルショックからおよそ40年経って、3.11危機が訪れました。数百年に一度しかない大規模地震が、東北地方を襲いました。そしてそれだけでは単なる天災だったのですが、福島原発事故という、これもエネルギーの根幹にかかわる大事故を併発したので、3.11は歴史に残るクライシスとなりました。

オイルショックのとき、石油は後三十数年しか持たないと言われ、ちょうど三十数年経ったとき、福島原発事故が起こったことは、何か歴史の皮肉を感じます。人々はあのとき後三十数年と言われたが、まだ後四十数年あると言うことじゃないか。どんどん掘れば出てくるんだよと多くの人が思ったようです。しかし私の見方は違います。人知の及ばぬ天の声が、オイルショックのとき石油時代は後三十数年で考え直さなければいけないと、メッセージを出したにもかかわらず、人々は相変わらず石油にどっぷり頼って行でいる、もう一度警告を出すべきときだ、そう天は言っているかのようです。

オイルショックの後、人々はエネルギー源の分散化で、危機を切り抜けました。というより、石油供給を安定させるために、OECDを中心として国際的な取り組みが成功したのです。IEAはそのとき出来ました。

石油を安定供給する仕組みを作った上で、エネルギーの分散化が図られました。石油に次いで天然ガスが、大量に使われ始めました。都市ガスが天然ガスに変わったのも、この頃でした。それまでは石炭を不完全燃焼させて、発生する一酸化炭素が使用されていたのです。

それまで基本的には見向きもされていなかった天然ガスが大量に使われ始めたことで、化石燃料のすべての種類が出そろいました。石炭、石油、天然ガスです。それ以外の化石燃料の種類はないのです。一時騒がれたシェールガス、シェールオイルは、シェール層(頁岩層)に溜まっている天然ガスと石油です。従来型の掘れば出てくるガスやオイルと違って、掘削に投資が必要になります。当然従来型のガスやオイルより、値段が高くなります。

天然ガスの利用と共に、核燃料の使用も推進されました。化石燃料以外、エネルギー資源は核燃料しかないのです。

3.11はその核燃料を使うべきではないというメッセージを人類に、特に日本人に与えたのです。オイルショックが教えることは、化石燃料の有限性でした。そして3.11が教えたことは、有限な化石燃料以外に、エネルギー資源はないと言うことです。

3.11直後の計画停電はデータとして残り、今後の対策の基として整理されているか?

コロナウィルスの意味するもの

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