ポストコロナ

自粛の中で未来を見よう(4/24)

現在世界と共に、日本もコロナ災禍に襲われています。第二次世界大戦以来の、世界的な危機です。リーマンショックなどと比較すべきではありません。これはコロナとの戦争です。世界中の人達が巻き込まれている世界大戦です。

しかし過去の二度にわたる世界大戦と決定的に違うことがあります。それは過去の大戦では人同士が戦ったが、今回の大戦は人類すべてが、共通の敵と戦っているのです。世界の人々の団結が、戦争勝利に必要なのです。そして世界史が一つの共通の敵に立ち向かい、人類史始めて、世界中の人々が、新型ウィルスに負けない、新しい時代を築く協力をする、希望に燃えた時代が始まるのです。コロナに負けず、新しい時代を構想することを、皆さん自粛する中で、始めようではないですか。

第一波収束に当たって(5/20)

日本でも感染拡大の第一波が、とりあえず収束しつつあります。緊張して張り詰めた空気が、少し和んできました。しかしまたぶり返すのではと、第二波第三波の恐怖で萎縮している人が多いようです。

この戦いは長丁場になります。むやみに怖がっても、戦になりません。マスコミなどでは、欧米で起きたオーバーシュートが頭から離れないようです。だから第二波はもっと大変になるとあおり立てたり。

ひとまず空気が和んできたところで、緊張を解き、冷静に考えてみましょう。確実な事だけを使って。近代を切り開いたデカルトに習って、疑えないことだけを基に考えるのです。近代を越えた持続社会時代という、新しい時代を切り開く為に。

疑えないことの第一は、第二波第三波が来ることではなく、新型ウィルスはまた必ず襲ってくることです。コロナの第二波、第三波は、その中に含まれます。コロナの第二波、第三波を乗り越えても、新型ウィルスを乗り越えたことにならないのです。

疑えないことの第二は、コロナの第一波での死亡者は、欧米に比べて、人口比で一桁以上少ないことです。PCR検査が不十分だから、日本の感染者は一桁は多いだろうと、ひたすら固執する人がいますが、死亡者が7000人以上いると主張する人はさすがにいないでしょう。

疑えないことの第三は、大都会が間違いなく感染に弱いことです。大都会は単純に密であることで、それは解るでしょう。大都会集中社会をやめて、地域分散型社会に移行しなければならないのです。

そしてコロナに関係ないと思う人も多いでしょうが、丁寧に私の主張を受け入れている人は解るでしょう。化石燃料の有限性を考えたら、地域分散型社会を築き上げるしかないのです。自然エネルギー未来社会は、エネルギー面での永続性と、新型ウィルスを克服する社会との、両面を持っているのです。だからポストコロナ社会は、地域分散型社会を意味しますし、持続社会をも意味するのです。SDGsの基本としてとらえなければなりません。

真の敵は何か?(4/24)

新型コロナウィルスは、疫病の恐怖を人々に思い出させました。疫病は常に日本の歴史にありました。祇園祭の起源も、疫病が襲ったとき、悪霊を追い払う祈願の式典が基だと言うことです。恐らく京都は1200年の歴史の中で、何度も疫病の災禍に遭ったことでしょう。京都の人の中には、その伝統が生きているのかも知れません。大阪に隣接する京都も、多くの感染者を出していますが、同じく大都市に隣接する兵庫、神奈川、千葉、埼玉と比べるとその数はかなり少ないと言えます。何より感染の初期、中国人観光客からうつされた例は一例しかなく、これは京都の人の歴史を重ねた振る舞いの結果、疫病感染の心得が無意識のうちにあるのではないかと思いたくなります。

20世紀になって、日本の衛生状態は格段に良くなりました。疫病は日本から放逐されたように考えられました。現代文明の勝利です。しかし現代文明そのものが、疫病を復活させました。すなわちグローバリゼーションです。発達のさまざまな段階が混在する中国から、大量の旅行者が押し寄せる時代になりました。一地方だけ衛生状態の完璧さを誇るだけでは、疫病から逃れられないのです。

疫病は繰り返し襲うでしょう。中国からの次はインドから、さらにはアフリカから、その国が経済発展を遂げ裕福になれば、そこからの旅行客も増えるでしょう。21世紀を通じて繰り返される問題となるでしょう。新型ウィルスは、20世紀の世界大戦に匹敵する大問題であると理解すべきでしょう。真の敵は人類の今までの発展そのものにあるのではないでしょうか? 今までとは根本的に異なった哲学で、人類は歴史の次の段階に進まなければならない、そう教えてくれているようです。

大都市へという流れが決定的に変わる(4/24)

今回の災禍は、大都市中心に起こっています。アメリカではニューヨークが最も被害が大きいのは、報道で解りますし、日本でも東京の被害が一番大きいことは明らかです。大都会がコロナ被害に対して脆弱なのです。

人口が大量に都市に流れるという現象は、産業革命で始まりました。初めは第二次産業、それに続いて第三次産業。近代科学に裏打ちされた産業革命は、エネルギーの大量消費を始め、最初は石炭次に石油という化石燃料を大量に使い始めました。この流れは20世紀を通じて、永久に続くのではないかという幻想すら、人類共通のものとして与えました。

しかしこの流れが永久に続くわけはないことは、化石燃料の有限性から明らかです。その後は自然エネルギーに頼った社会に移行します。自然エネルギーによって支えられる社会は、決して大都市集中社会ではなく、人口のメリハリがついた、各地に散らばる中小都市が、広い山地や田園に囲まれて存在する、そのような社会であると、当会はこのHPなどを通じて主張してきました。東京一極集中は終焉せざるを得ないのです。

コロナ災禍はその災禍を通じて大都市集中を崩壊させようとしています。第二波第三波と襲いかかるコロナ災禍の被害を低減するためにも、とりあえずの自粛が終焉したら、東京から職場を離れ、地方都市に住居を構え、テレワークで通常の仕事をすることが始まるかもしれません。テレワークに慣れた人達が率先して東京を離れる。それは岩手県かも知れませんし、新潟県かも知れません。いやいや全国に散らばる、そして多様な性格を持つすべての地方が、その受け皿でしょう。災禍の中での観光客は遠慮してもらっても、充分な注意の上での移住は、どこでも歓迎してくれるでしょう。

新しい「新型」ウィルスは、次々と人類を襲うでしょう。SARSやMERSで我々はそれを経験済みです。今回何故被害が全世界に広がったかは、LCC等で大量の観光客が移動するようになったからです。この状態を変えることは出来ませんから、日本を感染に強い国へと変えていくしかありません。東京以外は、日本はかなり感染に強いのではないかと、データを追跡しながら強く感じています。京都に代表される、日本の伝統の力が大きく効いているのかも知れません。

大都会から、多様な地域へ。これは感染に強い日本を作るために必要であるし、また自然エネルギー未来社会へと、続いている道でもあるのです。

決定的な社会の革命は、限界と新しい希望が作り出す。(5/3)

産業革命は間違いなく決定的な社会の革命でした。産業革命で産業の重心が変わりました。一次産業から二次産業へ、そしてその延長で、第三次産業へと。そして産業革命は、それまでどちらかというと弱者であった西洋社会を、世界を主導する社会へと押し上げました。

産業革命を推進したのは、もちろん工業化でした。その工業化が大々的に進んだのは、二つの要因があります。それまでの限界という要因と、新しい希望という要因が。

工業化を支えるために、大きな人口の流れが、田舎から都会へ流れました。これは田舎に余った人口があったからです。農業社会の限界で、農村では人口過剰になりつつありました。マルサスという経済学者は、人口が指数関数的に増加するのに対し、食料生産は一次関数的にしか増加しないという危機(限界)を警告しました。つまり急激に増加する人口を支える食料が足りなくなると警告したのです。

指数関数的な増加の受け皿は都会でした。工場でした。そしてその工場は、ニュートン物理学という近代科学と、石炭という化石燃料を使って、大幅に生産性を集中させて増大させました。これが指数関数的に増大する人口を吸収したのです。マルサスの危機はこうして回避されました。増大する農村人口の限界(危機)と、近代科学そしてそれにエネルギー源を与えた化石燃料という新しい希望が相まって、産業革命という社会革命が起きたのです。

コロナ災禍は大都市集中の限界を最も良く表し、新しい希望は自然エネルギーとIT技術である(5/3)

大都市集中の弊害はこれまでさまざまな側面から議論されてきました。しかし慣れ親しんださまざまな要因を打ち砕くまでには、なかなか至りませんでした。

東京一極集中は、色んな側面から限界を迎えています。農村の人口増加が、産業革命の大きな要因だったのに、人口減少の時代に入っています。それなのに都会だけ人口増が未だに続いているとは、何ともおかしな現象です。成長の限界が見えているのです。

限界あるいは危機は、化石燃料の集中利用が作り出すさまざまな現象に、まず現れています。東京で頻発するゲリラ豪雨、東京オリンピックでマラソンを札幌に持って行かなければならなかった真夏の猛暑、そして今回のコロナ災禍に対する極度の脆弱さ。大都会東京は、化石燃料の大量消費、それでも足りず禁じ手核燃料の消費が生み出し、コロナ災禍は化石燃料の大量消費のグローバル化が生み出したのですから。

新しい希望の一つは自然エネルギーです。化石燃料時代に発達したさまざまな技術は、多様な自然エネルギー利用法を可能にしました。しかし自然エネルギーは集中を嫌います。何故なら自然エネルギーとは、地球に降り注ぐ莫大な太陽エネルギーが、さまざまな現象が持つエネルギーに変化したものです。集中した大都会ではなく、広い範囲を持つ地域で受け止めなければなりません。

もう一つの新しい希望はIT技術です。仕事はどんどんヴァーチャル化します。今回脚光を浴びているテレワークもその一つです。人が集まって作業をしなければならないことは、段々なくなっていくでしょう。IT技術はどんどん進化し、この半世紀、次々と革命を起こしてきました。私は50年前、修士の学生としてコンピューターを使い始め、コンピューターが次々と新しい現象を作り出すことを目の当たりにしてきました。今は新しいIT技術を取り入れることは出来ないほど、年を取ってしまいましたが。でもコンピューターは、IT技術は今後も世界を変えていくでしょう。

しかしながら、本来の人間的な交流は、やはり対面的に行わなければならないでしょう。いくらヴァーチャル化した教育や遊びがあっても、実際に友達に会ってわいわい言うことが出来ない子供の状態を想像しても、それは解ると思います。

物理的な現実世界と、ヴァーチャルな世界。その違いはそれを支えるエネルギーにあります。物理的な世界を支えるエネルギーは、物理現象あるいは自然現象によって決まっています。人は一日2000キロカロリー。これが改善されることは千年規模で考えてありえません。千年規模で人が生物学的に進化することはないからです。一方ITはどんどん進化し、必要なエネルギーも急速な指数関数的に変化しました。50年前、私が使わせていただいたコンピューターのエネルギー消費は、その当時のビルのエネルギー消費と同じ規模でした。当時のコンピューターの計算能力は、今は気が利いた電卓が持っています。その必要エネルギーは、数センチ四方のソーラーパネルで足りるでしょう。一方物理的な存在であるビルが要求するエネルギーは、ビルの屋上を広くとって、そのすべてをソーラーパネルで覆っても、千分の一にも満たないかも知れません。

高層ビルが林立する大都会を、自然エネルギーで支えることは出来ないのです。同じく大都会で新型ウィルスを防ぐのは難しいことは明らかです。それは単に密だからです。密では新型ウィルスにも弱く、また自然エネルギーにもそぐわない。大都会集中時代は終わりました。これからは多様な地域が連合した国家に日本を変えていくべきです。


都会を捨てよ 地域に出よう!! 今の若者へのメッセージです。
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