地方分散型社会へ

地域分散型社会へ

自然エネルギー未来社会は、地域の自然エネルギーで、持続的な町が、主として鉄道ネットワークで結ばれた、地域分散型の社会となります。コロナがその主張を裏付けています。

当ホームページ表紙のページで論じたように、化石燃料は急速な都市化という現象を生みました。工業が発達し、巨大化する工場が貪欲に必要とするエネルギーを、石炭という化石燃料が供給しました。そして巨大化する工場は多くの人手を必要としました。その人手は農村から工場がある都市へと、人口の移動を進めました。

石油と電気はむしろ第三次産業を肥大化させました。石炭の時代は第二次産業を興隆させ、石油と電気は第三次産業を時代の花形にしました。まさに「産業革命」です。英語では産業革命をindustrial revolution(工業革命)といいますが、実はエネルギー源を変えることによって「産業」が代わったと考える方が直感的に解りやすいでしょう。日本語の方が正しくイメージを伝えることが出来るのかも?
冗談はさておき、石油も「産業」と「社会」を変えました。都市化がますます進み、大都市には高層ビルが建ち並ぶようになりました。高層ビルは巨大な電力を必要とし、その電力を補うためには、原発が必要とばかりに、原発の再稼働が進みます。震災からの復興のため、東京オリンピックが招致されましたが、その復興の名を借りて、高層ビルが林立するというのは、悪い冗談でしかないでしょう。その東京オリンピックが、コロナウィルスによって、開催が危ぶまれています。昔の日本の言葉では、天罰という言葉が思い浮かびます。

高層ビルの消費エネルギーの大きさについては、近日ページを書き加えます。

高層ビルが建ち並ぶ町を、自然エネルギーで支えるのは無理です。化石燃料が高価になったとき、恐らく数十年後、負の遺産になるでしょう。震災からの復興は、原発という負の遺産を更に増やし、東京にビルを林立させることによって、負の遺産を増やしてしまいました。

来る自然エネルギー時代も産業と社会を大きく変えていくでしょう。その萌芽は初まっています。いわゆる六次産業など、地域に密着し一次産業から第三次産業まで取り入れた形の新しい産業形態が発展していくでしょう。

そして自然エネルギーは社会も変えていきます。化石燃料は都市に人口を集中させました。集中できるエネルギーたる化石燃料は、人口を集中させました。一方集中できないエネルギー-自然エネルギーは分散を好みます。自然エネルギーは太陽の贈り物です。太陽の贈り物は地球全体に降り注ぐのです。決して集中はしません。だから自然エネルギーは分散した社会を支えます。地域分散型社会です。

地域自然エネルギー産業革命を

コロナ禍の中、2020年の夏は日本全国で豪雨に見舞われました。豪雨で被害に遭われた方、心よりのお見舞いを申し上げます。

豪雨は近年急増しています。気候変動です。明らかに気候変動は化石燃料大量消費に依るものが大と思われます。このHPでも2018年の西日本大豪雨のときから警鐘を鳴らしています。ただ私の見解では、火力発電と原発が日本の近年の豪雨の原因であると考えるのですが。とにかく豪雨が化石燃料大量消費の影響であると多くの人が感じ、その結果もあるでしょう。ゼロエミッションを目指す都道府県に住む人達が日本全国の半数以上になったというニュースが最近飛び込んできました。

東京でゼロエミッションはあり得ない話ですが、まあそれはとりあえず無視して、地域で考えましょう。その地域でゼロエミッションを達成することと、地域自然エネルギーで地域を支えることは、ほぼ同義ですから、自然エネルギーで支えられる地域を数多く作り出すこと、それが地域ゼロエミッションです。

自然エネルギーで支えられる地域を作り出すことを、私は地域自然エネルギー産業革命であると考えています。日本国中で、地域自然エネルギー産業革命を目指そうではないですか。

面白いことに衰退する地域を、地域自然エネルギー産業革命で復興させた例が、日本にはすでに19世紀にあるのです。その町とは他ならぬ京都です。

1000年以上もの間、歴代の天皇がお住みになられた地-京都-は、明治維新で天皇が東京へお移りになった影響で、激しく衰退の危機に遭遇しました。35万人いた人口が25万人にまで減少したのです。現在の多くの地域の状況を先取りしていたのです。

第三代京都府知事に赴任しようとする北垣国道は、伊藤博文と松方正義に呼ばれ、くれぐれもと頼み事をされました。その頼みとは1000年の都である京都の衰退を憂い、これからの京都のあるべく道筋を立ててくれという依頼でした。

北垣は地域自然エネルギー産業革命を京都の地で起こそうと琵琶湖疏水を企画します。

京都府知事に赴任した北垣は、それ以来頭を悩まし続けます。京都の歴史を考察し、何が京都を復興させる道かを考え続けます。そしてある結論に達します。それは現代の言葉に直せば次のようなことでした。

京都は商売の町ではない。伝統工芸、伝統芸能の町だ。京都を復興させるには、これを活性化するしかない。それには動力が必要である。人手にだけ頼っていた伝統工芸品を、機械の力を借りて量産させ、競争力をつけ、世界に通用するものを高い品質を保ったまま生産していくのだ。

動力として火力と水力が考えられる。火力は高いし(そのころ石炭は輸入に頼っていました)環境に悪い。水力が良い。

こう考えた北垣は、京都の河をことごとく調べ尽くします。桂川、加茂川、高野川、宇治川、白川、どれも北垣には満足できませんでした。そして最後に思いつきます。

琵琶湖の水面の高さは、三条大橋の下を流れる加茂川の水面より40尺高い。琵琶湖の水を、その水面を下げずに引いてきて加茂川に落とせば、動力としてちょうど良い高さとなる。

そう考えた北垣は中央政府を説得し、京都の主だった人々を説得します。京都の主だった人々を集めて勧業諮問会なる会議を招集、そこで琵琶湖疏水着工の是非を諮問します。その諮問文に添えられた長文の趣意書が琵琶湖疏水起工趣意書であり、それを読むと北垣が京都の地に「地域自然エネルギー産業革命」を企画したのだとよく分ります。

琵琶湖疏水起工趣意書は古い文体ですが、格調高い名文で書かれています。京都の歴史を連綿と述べ、京都の現状を切々と憂います。そして琵琶湖疏水着工の意義を七項目に分けてあげていきます。

①産業を活性化させるための動力を得ること②琵琶湖から京都への水運を開き、大阪へ至る水運を開発すること③洛北の地に灌漑用水を確保すること、その他浄水を得ること、下水など衛生用水を確保すること、防火用水を確保すること、精米用の水車を疏水沿いに多く設置すること。

①の動力が水力ですが、最初は水車が想定されました。そしてここにだけ附言を添え、石炭は高価であること、また環境に悪いことが述べられています。当時のロンドンを例に挙げ、京都をロンドンのようにしてはならないと書いてあります。まさに環境の視点が明確に入っているのです。今で言えば、経済発展と環境の両立でしょう。自然エネルギー産業革命の骨格をなします。

琵琶湖疏水起工趣意書全文を読み、また北垣の日記の関連部分を読むことで、我々は北垣の思いの全貌を知ることが出来ます。それは壮大な計画であり、現代にも通じる地域自然エネルギー産業革命の企画でありました。そして伊藤博文達の願い通り、京都の将来にわたる道筋をつけるものであったからこそ、疏水は京都の町に溶け込み、随所に見られる京都の名風景を際立たせるものになっています。すべての町が「地域自然エネルギー産業革命」の古典として学び、それを現代に生かす方策を考えていけるのではないでしょうか。

琵琶湖疏水の詳しい経緯を北垣の日記を元にブログの連載でご紹介します。

北垣日記#1へ行く

何故地方分散型が有利なのかは、単純に密でないからです。

自然エネルギーに支えられる社会は、何故地方分散型なのか? 理由は単純です。自然エネルギーは、元を正せばほとんどが太陽の贈り物、地球全体に広がり、地球全体に存在する生命、非生命のすべてに伴うエネルギーの元になっているのが太陽エネルギーなのです。地球全体に広がっているから、決して集中はしません。密でないのです。逆に疎であることが、自然エネルギーの性質なのです。

化石燃料は密を好みました。産業革命で工場がある町に農村から人を集め、また20世紀に入ると、地方で発電される大量の電気を大都会に呼び込み、ますます大都会を肥満させました。密なエネルギーを生み出す化石燃料は、その性質通り人にも密を好ませました。

この密を好んで、コロナが襲いました。20世紀を通して、文化の最先端にあったと思われていた大都会が、逆に20世紀型文明人のアキレス腱になっていたというのは大変な歴史の皮肉です。自然エネルギー社会に望ましい密でない社会は、幸いなことに感染にも強い構造を持っているのです。

何故鉄道ネットワークか?

鉄道ネットワークは、自然エネルギー未来社会の骨子をなします。また感染に強い社会の骨子でもあります。

何故でしょう? これも簡単です。鉄道のエネルギー消費は、自動車と比較にならぬほど、段違いに少なくて済むからです。事実現代日本のエネルギー消費を統計資料で見れば、石油がその60%弱、電気がその30%弱です。そして石油消費のかなりの部分は自動車が消費しています。一方石油のほぼ半分の量が消費される電気のうち、わずか2%しか電車は消費していません。自動車の消費エネルギーと電車の消費エネルギーの大きさの違いを、端的に表した数字だと思います。

幸いにして日本は鉄道ネットワークが発達しています。日本全国発達した鉄道ネットワークを完備し、それを維持することは、持続的日本に不可欠なことです。一方リニアはそれほどエネルギーにおいて優位性を持ちません。リニアに多額の投資は止めた方が良いと、エネルギー面からは言うことが出来ます。

地方の現状では自動車が生活必需品になっています。未来志向の地方都市建設の第一歩として地方都市へのLRT整備を、このHPでは主張していきます。

事実上述の琵琶湖疏水の水力で、日本初の路面電車が京都に走りました。それが明治初期に衰退の危機に陥った、京都の復興のシンボルとなりました。全国で地域分散型の都市を整備する大きなステップとして、人に優しいLRT導入を各地に、という主張も当会の主要な主張の一つです。

感染に対して東京は脆弱であった

2020年はコロナで始まりました。コロナ感染に対して東京は極端に脆弱でした。東京オリンピックの一年延期が決まった翌日、偶然の一致か東京での感染者は急に跳ね上がり、それまでせいぜい十人台の感染者があっただけなのに対し、五十人台の感染者が出るのが当たり前の状況になりました。それ以来東京の感染者数は毎日のように全国一多い状態となりました。当HPではその様子を即時的に追っていったので、全体像は良く把握しています。

緊急事態宣言が全国に対して出されました。最初は自粛という緩い規制で効果はあるのだろうかという危惧はあったものの、新規感染者数はかなり素早く減少に転じ、多くの県で新規感染者数が0となるまで抑えられ、その状態が長く続くようになりました。3週間続いた県も数多くありました。つまりそれらの県では、よそから持ってこない限り、もはやウィルスは存在しないと考えられる状況まで抑えられたのです。

新規感染者が0になる状況には、東京だけは一日たりともなりませんでした。しかしこれ以上ガマンできないと、東京も自粛を解除しました。心優しい他道府県の住民はそれを許しました。東京の新規感染者はしばらくはほぼ毎日二桁で推移していましたが、都知事選の終盤になって三桁に転じ、都知事選が終わってすぐの木曜日には200台の新規の感染者が出るようになりました。それに伴って全国にも新規感染者が出るのが当たり前となり、全国の新規感染者数はどんどん増えるようになりました。

結局緊急事態宣言で感染者をなくすのに失敗したのは東京だけです。そして緊急事態宣言が解かれた後、東京ではまた感染者が増え始め、全国にも東京から感染者が広がっていきました。

これは冷静に考えれば、東京が過密な都市であることから来る現象であることは容易に解るでしょう。東京が過密であるから、いわゆる三密を避けることがたいへん難しいのです。言い換えれば東京は感染に脆弱な町であることが証明されたのです。

新型ウィルスに拠る感染症の世界的広まりは、21世紀に入って頻繁に起こるようになりました。20世紀を大戦の世紀と考えるなら、21世紀は感染の世紀と考えられるかも知れません。感染はこれからも世界を襲うでしょう。それを避けるには大都市を過密にすることをやめ、適度な大きさの地方都市を点在せしめ、それら地方都市を鉄道ネットとインターネットで結ぶ、地域分散型社会に変えていかなければなりません。地域分散型社会は、自然エネルギーで支えやすく、それによって人類は産業革命以来の化石燃料社会から脱し、人類史を次の段階-持続社会-に進めることが出来るでしょう。皮肉なことにコロナが希望を人類に教えたのです。

>>ブログに関連記事を書きました。

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